メコンデルタ地域の拠点都市カントー市について―日本との長く深い繋がり、そして日本からの投資への強い想い―

メコンデルタ地域の拠点都市カントー市について―日本との長く深い繋がり、そして日本からの投資への強い想い―
     

令和4年4月22日
在ホーチミン日本国総領事
渡邊信裕

 4月第3週、メコンデルタの最大都市、カントー市を訪問し、市幹部やカントー大学等を訪問してきました。カントー市の色々な魅力を肌で感じることができました。「カントー」という名称は日本人には「関東」を連想させ、覚えやすい名前ですが(注:カントー市の由来となる名称は漢字表記では「琴市」、同市は古くから音楽が盛んな場所の由。)、実は日本とは長く深い繋がりがある都市です。この訪問を通じ、カントー市の日本からの投資呼び込みへの強い期待を感じることができました。日本とカントー市の繋がりの歴史、日本企業の投資先としてのカントー市といった観点につき個人的な印象を含め述べてみたいと思います。
 
1.メコンデルタの拠点都市
(1)カントー市はホーチミン市から南へ車で3時間半、人口約130万人のメコンデルタの最大都市であり、経済の中心地です。ハノイ市、ホーチミン市、ダナン市、ハノフォン市と並ぶ中央直轄市です。市の一人当たりGDPは約3,800米ドル(2020年)とベトナムの全国平均(2,786米ドル)を上回っています(出典:カントー市、統計総局)。
(2)カントー市にはカントー国際空港があり、外国との航空路を開設しており(現時点では日本との直行航空路は未開設)、メコンデルタ地域の空の玄関口となっています。
(3)カントー市は学術面でもベトナムを代表する大学の一つであるカントー大学が所在し、メコンデルタ地域13省・市から優秀な学生が集まり、学んでいます。したがって優秀な人材の集積地であると言えます。
(4)また、近年交通網・交通インフラも整備が進み、ホーチミン市との距離を縮めるべく南北高速道路のホーチミン=ミートゥアン(ヴィンロン省)間が開通。ミートゥアン=カントー市間の建設が2025年に終われば、ホーチミン市からカントー市への移動が現在の4時間から2時間に短縮され、ホーチミン市へのアクセスがぐっと便利になると言われています。
(5)同市関係者によると、外国人観光客もカントー市を拠点(ハブ)として、隣接するメコンデルタ地方を訪問するパターンが多いとのこと。カントー市には「カイラン水上マーケット」という観光名物にもなっている市内を流れるハウ川支流(カントー川)での水上マーケットがあり、メコンデルタ地域でも有名な観光客訪問先として日本人観光客も訪れています。今回の訪問でも欧米からの方々も含め観光客の姿を多数見かけました。これまでタイ、シンガポール、韓国、台湾やマレーアとの間で直行便が運行しており、市関係者は日本との直行便の開設に強い希望を有しています。

2.カントー市のシンボル的な存在のカントー大学(意外と知られていない日本とカントー大学との非常に長い繋がり)
(1)カントー大学は1966年設立の総合大学であり、国家重点大学の一つです。ベトナムにおける最先端の農業研究所があり、大学の強みは農業・水産・養殖等の分野。
(2)日本ではあまり知られていませんが、カントー大学と日本との繋がりは非常に古いものがあります。現在の上皇陛下が皇太子時代の1976年、陛下のご研究の専門分野である「ハゼ」の新種がカントー川支流で採取され、陛下がそれを発表されました。同大学展示室には、その「ハゼの新種」に関する陛下ご執筆の論文(英語)と標本(注:ただし同論文に用いられたハゼ新種の副基準標本は現在ベトナム国家大学(VNU)ハノイ校傘下の自然科学大学付属動物博物館内の陳列室に保管)が陳列されており、それを見た時感動を覚えました。まさしく日越友好のシンボルの一つであると言えます。
(3)また、カントー大学にはJICA(国際協力機構)が1969年代後半から援助を開始し、今日に至るまで大学・研究施設、技術協力、日本の専門家派遣等各種援助を行ってきています。メコンデルタ地域の中心大学ということと元々農業水産分野に強みを有するということで、援助も農業・水産・環境分野を中心に実施されてきました。2015年~22年には「カントー大学強化事業」として総額105億円の円借款及びそれに附帯する技術協力プロジェクトが実施され、今年以降は2027年まで「気候変動下のメコンデルタ地域における持続可能な発展に向けた産官学連携強化プロジェクト」が始まります。ベトナムは世界でも気候変動に対してもっとも脆弱な5カ国の一つであり、その中でもメコンデルタ地域は特に塩水遡上・洪水などの影響を強く受けているところです。その意味で、同地域の拠点大学の強みを活かした広域プログラムが始まります。
(4)このように日本との長い繋がりがあるため、カントー大学には農業分野を中心に日本の大学への留学生OBが沢山います。同大学関係者によれば、同大学は日本企業及び大学等の間で53の覚書を締結、これを背景にこれまで日本留学で、59名が博士号、38名が修士号、24名が学士を取得、毎年数百人が日本に留学やインターンシップに行っているとのこと、素晴らしいです。まさしく、これら人材は日本とカントー市、日本とベトナムの関係を担う大きな財産と言えます。
(5)また、大学には当地進出の日系企業を初めとする農業関連分野の日系企業を中心とした産学連携が行われており、農業廃棄物の加工による製品開発等の活動が行われています。
(6)カントー大学の門を入った直ぐ左に、ひときわ新しくかつモダンな形の建物が目に付きました。これは日本のODAにより日本の建設会社が建設中の最先端研究ラボであり、今年の10月に竣工予定です。肥料科学、農業遺伝子工学などといった7つの分野で研究を行う施設です。大学関係者がこの施設を案内してくれた際、「是非、この施設の中心部の広い空間に「日本文化スペース」を創設したい。来年2023年の日ベトナム外交関係樹立50周年の記念行事を行いたい。」と意気込みを語ってくれました。

3.このほかにも日本とカントー市との繋がりは広範に亘る
(1)先ほど、カントー大学へのJICAを中心とした協力につき述べましたが、実はカントー市は南部ベトナム地域の代表的な日本の援助案件として有名な「カントー橋建設事業」が実施された場所でもあります。この橋はホーミン市を含む南東地域からのカントー市へのアクセスに欠かせないインフラとなっており、約2700Mの美しい斜張橋です。ご記憶にある方もいらっしゃるかもしれませんが、橋は2010年の完成ですが2007年には工事中の事故により55名の尊い命と多数の負傷者が出ました。この橋はカントー市のみならずメコンデルタ広域経済圏で大きな役割を果たしていますが、その陰にはこのような尊い犠牲があったことは忘れてはならないと思っています。私も今回のカントー市訪問に先立ち、ヴィンロン省設置されている慰霊碑に献花を行いました。
(2)また、カントー市ではこれまで5回(過去2年はコロナ感染により開催せず)、大規模な「越日文化経済交流フェスティバル」を開催してきています。カントー市は、ホーチミン市を除きこのような日越関係行事を継続的に開催してきている数少ない地域であり、それだけ日本への深い思い入れを感じます。特に2018年及び2019年には、フェスティバル開催に合わせて成田=カントー市間のチャーター便が手配され、日系企業関係者がカントー市を訪問しビジネスマッチングの機会として活用されています。このフェスティバルの他には例がみられない特徴です。
(3)また、カントー市は兵庫県と「農業ハイテク裾野産業・運送分野における協力覚書」、岡山市と「工業・観光分野における協力覚書」、広島県と「環境浄化産業分野覚書」をそれぞれ締結するなど、日本の自治体との連携といった分野でも先駆的な取組みを行っています。今回の訪問でカントー市の越日友好協会関係者と意見交換を行った際、「日本の関西地域との連携をこれから強化していきたい。」として関西地域への高い関心を示していました。同協会によれば、これまでに関西の幾つかの日越友好組織等との間で覚書を締結しているとのこと。
 
4.まだまだ少ない日本からの投資(日本からの投資に対するカントー市の強い想い)
(1)これまでカントー市への外国投資(FDI)は96件、総額約2,667百万ドル(2021年、出典:ベトナム統計総局)であり、このうち、現在、日系企業でカントー市に投資している件数は総領事館が把握しているところでは7件です。上記に述べた様に日本とカントー市との深い繋がりに鑑みれば、少ないという印象を持たれる方も多いと思います。現に、私も今回の同市幹部と意見交換をした際、市の幹部は「日本からカントー市への投資は不十分であり未だ期待には応えられていない。是非、日系企業にはもっと沢山投資して欲しい。」旨述べておりました。
(2)実は、カントー市は日本からの投資呼び込みに向けて幾つか先駆的な取組みをこれまで行ってきています。
(i)2018年の日越外交関係樹立45周年には、市内の工業団地内に「日越友好工業団地」を設置し、日本からの投資の受け皿を作りました。
(ii)また、市の投資促進センター傘下に「ジャパンデスク・カントー」を設置して日本からの投資に対応しています。また、同市の先駆的なところは、東京と大阪にも「カントー市ジャパンデスク東京事務所」を開設していることです。これを見ても並々ならぬ意気込みを感じます。
(iii)そして、通常であれば、地方省市による投資呼び込みのイベントはその省市の所在地で開催されていますが(尤も過去2年間コロナ禍においてはオンライン・イベントが日常化していますが)、カントー市は敢えて同市で開催するのではなく、日系企業が集積・拠点を構えるホーチミン市において貿易投資促進セミナーをこれまで開催し(2019年には約150社の日系企業が参加した由)、多くの日系企業へのアウトリーチを試みています。
(3)それでは、上記のような投資呼び込みに向けたカントー市側の取組みや日本とカントー市の深い歴史などにも拘わらず、何故、日本からの投資が増えないのでしょう。(尤も過去2年間はコロナ感染による人の往来が制限される中で、日系企業関係者の入国ができなかったという状況がありますが)やはり、ホーチミン市といった一大経済圏からの距離の遠さを克服するだけの交通インフラが未整備である点を指摘する声が多いと言えます(勿論、カントー市に繋がる南北高速道路の区間の整備など、現在、ベトナム政府もメコンデルタ地域のインフラ整備に真剣に取り組んでいます)。同市に進出済の日系企業関係者からも、これまで多くの日系企業が視察にカントー市を訪れたが、製造業ではインフラ未整備による輸送費用コスト(注:外国向け輸出のためにはホーチミン市のカットライ港まで輸送するケースが多い)が大きなネックになっているようだとの声が聞かれました。
(4)一方で、ホーチミン市や同市周辺のビンズオン省、ドンナイ省、ロンアン省などのホーチミン市経済圏(日系企業の一大集積地)に比べると、カントー市は(1)ベトナム人労働者の賃金水準が低い、(2)工業団地等のレント料も低い、といったメリットが指摘されています。カントー市で操業している日系企業の一つは、進出に際して考慮した点として、ホーチミン市及びその周辺省の場合、既に大手の日系企業と賃金面等で競争していくことは難しいこと、カントー市であれば人口も130万の規模があること、メコンデルタ地域の中心都市であること、当局から提示されたインセンティブ(土地リース料等)などを挙げ、これらに基づき進出を決定したとのこと。これに加えて、カントー市ならではの特徴として、「メコンデルタ地域から優秀な人材が集まるカントー大学から良質な中間管理職人材が雇用できる。」というメリットを指摘する企業もあります。
(5)カントー市に隣接するソクチャン省に工場を構える日系企業駐在員も自社工場へカントー市から毎日通っているという話も聞きます。このように衣食住という側面ではメコンデルタの中心・拠点になっているカントー市が選ばれることが分かります。
(6)一見すると「ホーチミン市から非常に遠隔の地」という印象を受けがちですが、現在、ベトナム政府もメコンデルタ地域における交通網を含めたインフラ整備を急ピッチで進めアクセスの改善に努めていること、また、既にカントー市に進出している日系企業の上記コメントにあるように、賃金等のコスト面、良質な人材確保といったプラスの要素も見逃すことはできません。
(7)なお、この原稿を書いている矢先、邦字のベトナムのウェブ・ニュースで、カントー市人民委員会は韓国政府関係機関と会合を開催し、韓国からより多くのプロジェクト誘致のための方法につき話し合いを行ったこと、市は韓国投資家に対する行政手続き簡素化などの有利な環境を作り出す旨表明したこと、韓国政府関係機関も、貿易や企業間取引を推進する「ミート・コリア」イベントを今年カントー市で開催する計画である旨の報道が目に飛び込んできました。カントー市は日本だけでなく、日々諸外国に対し投資の誘致に向けた売り込みを行っていることがよくわかります。

https://www.hcmcgj.vn.emb-japan.go.jp/itpr_ja/11_000001_00633.html

 

参考関連URL
カントー投資促進センターHP(https://en.canthopromotion.vn/
投資関連データ(https://canthopromotion.vn/tai-lieu-xuc-tien-dau-tu/

カントー大学(出典:国際協力機構)

カントー橋(出典:国際協力機構)

越日文化経済交流フェスティバル(出典:カントー市観光センター)